クワの使い方はおろか握り方すらよく知らないままのらくら農場に来てすぐの頃、先輩スタッフの、クワで土の溝を「切る」という表現に首を傾げていました。 「掘る」じゃないの?
よく分からないまま何日も何日も僕は溝を「掘り」続けました。ある日、何かがおかしい事に気づきます。周りの先輩スタッフは溝を「掘る」のがとにかく早い。いや、これは仕方ない。経験の差があるし、時間をかけて追い付こうと思っていた。それはともかく、体力には多少の自信のあった僕がこんなゼェゼェ息を切らし、汗を流しているのに、先輩方はみんな息ひとつ乱してない。涼しそうな顔して一定のリズムで、サクッサクッと心地よいメロディーを奏でながら、華麗にクワを振っている。まるで踊っているかのように。そして何よりも、溝が美しかった。
美しい溝を暫く見入ってしまっていた僕を見兼ねて、先輩スタッフがクワの握り方から教えてくれた。
「まずはクワの構造を理解する」 なるほど。
「切った跡の溝を想像しながら切る。大事なのはイメージ。」 はい…
「先端の重さを利用する。力はほとんど入れなくていい」 へ?
「やってみて」 ガッ、ガッ 「こうですか?」
「違う、掘るんじゃなくて切る」 ゴッ、ゴッ 「こうですか?」
「違う、力が入り過ぎてる」 ザクッ、ザクッ
「おしい!もう少し斜めに」 サクッ、サクッ 「これか!!」
「そう!それ!」
ベース弾きだった私がベースという楽器がメロディー楽器ではなく、リズム楽器だと気付いた瞬間に酷似していました。
矢澤竜星 群馬県出身 26歳
これが私の、生まれて初めて溝を「切った」日のことである。
生涯忘れる事は無いだろう。
初めまして。農業未経験無知識でのらくら農場の仲間に入れさせていただいてから約1年が経ちます。ここにくる前はしばらく東京で暮らしていたので、中山間地で農業を始めてみて季節の多さに驚き感動しています。昔、中国には約5日ごとに季節が変わる七十二候という考え方があったらしいです。とても共感です。四つじゃ分けきれません。変動し続ける季節を存分に感じながら、農業を楽しんでおります。
のらくら農場で働き始めて、とびきり好きになった言葉を紹介させて下さい。
「やるしかない」という言葉です。
のらくら農場での野菜作りは収穫出荷に至るまでに土の分析から始まり、数ヶ月かけて幾つもの工程を踏みます。多品目の作物を育てているので膨大な作業数です。それを毎年事細かく日ごとに計画を立て、出荷日に向け実行に移します。
が、相手にしているのは目には見えない元素や微小生物から天候までの自然そのものです。全て計画通りに上手く行く訳がありません。予定を狂わせる要素があまりにも多すぎる。予想外の連続です。それでも収穫出荷日は決まっていて、その目的を達成する為には、雨が全然降らないなら水を撒くしかない。雨が何日も降り続けるのなら、僅かな晴れ間を狙って畑に出るしか無い。強風でアーチが倒壊したのなら、建て直すしかない。肥料を撒くための機械が壊れたのなら、手で撒くしかない。雑草が作物の生育の邪魔になるのなら、抜くしかない。時間が足りないなら、時間を作るしかない。獣が畑を荒らすのなら、柵を作るしかない。作物の生育が悪いなら、原因を突き止めるしかない。
このままではまずい。じゃあどうする?
もちろんスタッフ全員で最善最短の案を出し合うが、それでも気の遠くなるような作業をしなければならない時が幾度となく訪れます。そんな時に誰かが呟きます。
「やるしかないね」
その言葉に同意し腹を括り、畑へと踏み出すみんなの後ろ姿は、甲冑着を身にまとった武士のようなかっこよさとたくましさを感じます。(クワが刀に見えたこともありました。)
今は諦める選択肢なんて毛頭無い。やるしかないなら、やるしかない。
このやるしかないと腹を括る瞬間を、仲間と共に何百、何千と乗り越えてきたからこそ、のらくら農場からは人としての強さ、そしてチームとしての強さを感じるのだろうと、仲間になり1年経った今、強く感じています。
「やるしかない」を乗り越える度に対応力が身につき、どんな不安をも掻き消す強さを手に入れることが出来る気がします。なので、この言葉と、頼もしい仲間たちが大好きです。
今年は機械を操作させてもらうことが多く、その分機械の故障の現場に居合わせることが多かったのですが、機械が故障する度に、広大な畑の上で不安に襲われる自分をいつも恥ずかしく思います。便利で不安定な時代だからこそ、技術と知識をつけなければ、そんな不安も越えられなくなってしまうのではないかと、よく畑で思います。
耕運機が壊れるいつかその日に、畑の上で踊れるように、僕は今日もクワで土を切り続けます。まだまだわからないこと、出来ないことばかりだけど、とにかく今はやるしかないので、やるしかない。
矢澤竜星
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